河原城風土資産研究会
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古事記の倭ごころ

その壱

2012年3月11日

先月の11日、「古事記ワールド その1」というシンポジウムが市内で開催され、コメンテーターとして参加してきました。今月、報告書という形でそれぞれの出演者がシンポに思うことを原稿にまとめました。その内容をご紹介します。

                            

「古事記編纂1300年におもうこと」  風土資産研究会 おっちー

 今回の“「古事記ワールド」その1”は盛り沢山で内容も多岐にわたり、先生方のお話も興味深く本当に充実したものになりました。地元の神話を紹介するというコメンテーターの立場で末席に加えていただいた私としては、一聴衆として講演を楽しみ、自分の出番があるのも忘れてしまうほどでした。

私が古事記に興味を持ち河原町の神話・伝説を調べ始めたのは地域振興の仕事がきっかけですが、調べれば調べるほどに謎や疑問は深まりどんどん引き込まれてしまいました。もともと歴史は好きでしたが古代は少し苦手な時代で、そのうち勉強したいと思っていたところに改めて古事記を読み直すと、こんなにも面白かったのかとその魅力に気付かされました。どこがそんなに魅力的なのだろうと考えてみると、物語の面白さや時代背景・古代人の創造力の凄さや日本人の根源的な精神性や思考・価値観や宗教や社会の構造や……並べるとキリがないほど魅力的なところは挙げられますが、“音”が心地いいのです。(もしかすると、私にはこれが一番かも…)なぜだか理由は分からないのですが、口に出して読むと特に心地いいのです。(何だかピンボケだよと言われそうですが)神々の名や歴代天皇の名・比売たちの名や物の呼び名など、なんとも抒情的で美しい大和言葉の音が心地よく、ストレートに心に響くというか染みるというか。古代史を研究している従兄弟には「そんなの本居宣長が適当に作っただけで本当の古代の言葉でも何でもないよ。」と笑われますが、それでも、本居宣長が作ったことが分かっていても、やはり心地よい“音”に魅了されてしまいます。きっと本居宣長も古事記に魅入られて古代人に思いを馳せて、これだと思う上代日本語の漢字を当てたのではないでしょうか。だから私の心に染みたのかもしれませんね。

そんな訳で“にわか郷土史研究家”として八上比売(やかみひめ)をはじめとする河原町の古代史探索の旅は始まりました。

調べ始めて気付いたことですが、謎や疑問を解明するための参考資料や“生き字引”といわれるような地元の古老の方が意外と少なく(本当はまだ出会えていないだけかもしれませんが…)、なかなか作業ははかどりませんでした。まずは「○○を調べるにはどこに行けばいいか、誰に聞けばいいか!!」情報収集のための情報収集をと町内のいろいろな方に尋ねてみましたが、ある一定のところまでたどり着くとそこから先は行き止まりの状態で、解明どころか謎が増えるばかりでした。そんな2年半が過ぎて昨年、ジグソーパズルのピースが自分の場所を見つけるように少しづつ少しづつ形を成してきました。これこそまさに人との出会いがなせる技とでもいうのか(きっと八上比売さんの縁結びの御利益です!!)、思いを同じにする方々との必然的ともいう出会いで、足踏みしていた私の研究は大きく前進しました。その中の一つ「霊石山の御子岩の名前の謂れ」について“「古事記ワールド」その1”でお話ししました。

霊石山の天照大御神の降臨伝説や「もう1つのシロウサギ伝説」は地元の人はもちろん、最近では八頭町さんの観光政策や郷土史研究家の新 誠氏のご尽力で一般の方でも知るところとなってきましたが、御子岩の名前の謂れに神功皇后や応神天皇が関わっていることを知るのは霊石山の河原町側の麓の片山地区の方たちくらいでしょうか。

霊石山に伝わる神話・伝説・史実に基づいた歴史はたくさんあり、因幡の国中(くんなか)平野の中心に鎮座するこの山の神話・伝説を調査することは古代の因幡国やそれを取り巻く周辺諸国、また中央(朝廷や時の権力者)との結びつきや大陸との交流までをも解き明かす貴重な証拠の発見につながるような気がします。

そしてもう一つ、八上比売と売沼神社のお話。みなさんよく御存じの「稲羽の素兎」の大国主命と結ばれるヒロイン八上比売は全国的にはあまり知られていません。鳥取でも最近(3~4年前)までは知る人も少なく、実は私も河原町に勤務するまで(5年前)八上比売のことはボンヤリしか知りませんでした。

謎の多い比売で(研究者があまりいないので余計に謎めくのでしょうか!?)古事記の記述にもほんの数行しか登場しません。そして、解説本を読んでもほとんどのものが悲恋のか弱い比売、子捨ての比売と残念な見解です。確かに古事記をそのまま直訳するとそうなるのでしょうが、文章を丁寧に読み解けば当時では珍しい自立した女性像が浮かび、地元にはそのとおりの伝説が伝わっています。また、出雲市や斐川町など八上比売が訪れた地域にも古事記には記されていない伝承が残っています。八上比売と八上比売を祀る売沼神社の七不思議については、次回の“「古事記ワールド」その2”でお話する時間があればということにします。

まだ八上比売に関わる全てのジグソーパズルのピースが集まったわけではなく、手元にあるピースもどの伝承のどの部分か解らないものもたくさんありますが、河原町に伝わる多くの口碑の類が枝葉の部分で他の伝説と微妙にシンクロしているのです。まだ手をつけられずにいる土蜘蛛伝説や景行天皇記などは河原町内だけではなく八頭町・用瀬町など古代八上郡(やかみごおり)のエリアにまたがり、八上比売とも無関係ではない要素を含んでいるようです。なにぶん駆け出しの郷土史研究家なのでヒットするまでに時間がかかりそうですが、巡り合わせとしか言いようのないタイミングで知り合った方たちにヒントを頂いたように、人との出会いを大切にしていけば本当に知りたいことにたどり着ける気がしています。

なんだか話がそれてしまいましたが、知りたい気持ちを町の人に伝播することも大切な一つかもしれません。実は昨年、「かわはらジモティー倶楽部」という郷土史研究会を立ち上げました。出来たばかりでメンバーはまだ8名しかいませんが、“知りたい気持ち”を持っているのが私の他に7人もいるなんて(本当はもっとたくさんいるのに出会えてないのかもですが)スゴイことです。

郷土史を調べ始めて気付いたことが、もう一つ。町内の子供たちや親世代、そのまた親世代でも町内の歴史、特に神話・伝説の類を知らない方が多く感じました。また、知っていても“なんとなく”で正確にご存じの方は少なかったのです。これは河原町に限った事ではないのかもしれませんが、生まれ育った故郷の歴史を知ることはとても大切なことだと思うのです。自分たちのルーツを知ることは、そこに一緒に暮らす家族や親せきや隣のおじさんやおばさんとの絆の発見であったり、特に子供はコミュニティーの一員であることの自覚や自信・誇りを身につけ郷土愛へと成長していくような気がします。

そうなればこっちのものです。地元住民の郷土愛こそ地域振興の大きな原動力です。仕事がきっかけで始めた郷土史研究ですが、仕事の枠を飛び出してしまった今、時々どこに向かっているのか分からなくなる時がありますが、きっとどの道を通っても結局は地域振興につながるように出来ているんだろうなと思うのです。

“歴史の真実を顕彰して古代因幡の実像を明かにする”と、文字にすると大それたことに聞こえます。それもそうでしょうが、 “知りたい気持ち”という単純にして明快な理由で同じ思いの仲間たちと謎解きに挑戦する、そしてそれをみんなに伝えていく。これもまた単純明快な作業です。このような活動を仲間を増やしながらこれからも楽しく続けていくことが出来れば、河原町は今以上に素敵な日本の“ふるさと”になると思うのです。

  

 長い文章を最後までお読みくださって、ありがとうございました。(おっちー)