河原城風土資産研究会
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古事記の倭ごころ

その拾九「八上比売の謎・その2『御子神は二人いた!!?………かもしれない』篇 vol.3」

2013年1月22日

みなさん、こんにちはー。 ついこの前お正月だったのに、成人式も過ぎて、1月もそろそろ月末です。ホントに月日の過ぎるのは早いものです。1は行く、2月は逃げる、3月は去る、と「あっ」という間に過ぎるので、 “どんより”しがちな季節ですが、みなさん年度末に向けて張りきっていきましょう~!!

さて「八上比売(やかみひめ)の謎・その2『御子神は二人いた!!? ………かもしれない』篇」最終回です。

阿陀加夜奴志多岐喜比売命(あだかやぬしたきぎひめのみこと)とはどのような女神さまだったのか?

米子市の阿陀萱(あだかや)神社のほかに、島根県の東出雲町の阿太加夜(あだかや)神社や多伎町の多伎(たき)神社、多伎藝(たきぎ:たきげ)神社なども阿陀加夜奴志多岐喜比売命をお祀りする神社で、由緒書きにも記載されています。ここに挙げた神社が鎮座する場所は、古代出雲の勢力下にあり大国主命が国造りをして活躍された地域と重なります。そして、ちょうど中心地点に御井神社があるのも偶然ではないのでしょう。

(「山陰の神々・古社を訪ねて」より)

 

出雲国風土記(いずものくにふどき)の中で、神門(かむど)郡・多伎郷の地名由来として「…大己貴命(おおなむちのみこと)の御子、阿陀加夜奴志多岐喜比売命がここにいらっしゃる。だから、ここを多吉(たき)という…」。そして、多   (阿太加夜神社)             支枳(たきぎ)社(現在の多伎藝神社)については、「…阿陀加夜奴志多岐喜比売命は、父神・大己貴命に会うために嵐を鎮めた後、お伴の者たちの手を引いて真一文字に大社の稲佐の浜へ急いだ…」という手引ヶ浦の浜の神話などなど。

(阿太加夜神社の由緒書き)

出雲歴史博物館の学芸員・森田喜久男氏は「山陰の神々・古社を訪ねて」の阿太加夜神社の解説のなかので次のようにおっしゃっています。「出雲郷と書いて“あだかや”と読むのは何故か?…(中略)中世出雲の政治の中心である国衙(こくが)領があり、宗教の中心である杵築(きずき)大社の神事を行う重要な役目の地であり、政治的・経済的基盤ではなかったか。……(中略)だから、この地が出雲国の政治の中心・宗教の中心を支える場所として“出雲郷(あだかや)”と命名されるに至ったのでは……(後略)」

このような背景を考えると、阿陀加夜奴志多岐喜比売命は、父神・所造天下大神(あめのしたつくらししおおかみ:大国主命)の古代出雲王国の基盤、いわゆる国造りのお手伝いをしたと考えられている女神様だということが分かります。広域にわたり鎮座し信仰を集め、それぞれの鎮座地に残る伝承や海を渡る神話や、一説によると、古代朝鮮半島南部の伽耶国(かやこく)の主・姫神様が渡ってこられ、その女神さまこそが阿陀加夜奴志多岐喜比売命だという伝承のあることから考えると、航海や物流などの経済発展の振興にも活躍された繁栄の女神さまだったのかもしれません。

一方、御井神(みいのかみ)は井戸の神様として民衆からの厚い信仰を集めていました。稲や農作物の実りや、それ以上に生活に生命に欠かすことの出来ない水。その水利を司る神として御井神は古代から人々の暮らしに深く関わり合っていました。

生井(いくい)           福井(さくい)       綱長井(つながい)

その上、宮中でもお祀りされていました。皇居の地を守護する神、すなわち座摩神(いかすりのかみ:ざましん)の五神のなかに、生井神(いくいのかみ)、福井神(さくいのかみ)、綱長井神(つながいのかみ)が配されています。ちなみに、あと二神は波比岐神(はいきのかみ)、阿須波神(あすわのかみ)です。生井・福井・綱長井とは木俣神が産湯につかった神聖な井戸のことです。斐川町の御井神社の近くに今もちゃんとお祀りされ守られています。

この御井神社の社名由来は下記の由緒のとおり、三つの井戸で産湯をつかった木俣神(御井神)をお祀りしたからだとあります。では、その井戸は誰が掘ったのでしょう?このことについて一昨年、八頭町(河原町の隣の町で、同じく古代八上郡)出身の神話研究家・大江幸久(おおえ ゆきひさ)さんとお話しする機会がありました。偶然にも大江さんも、「木俣神と御井神は別々の神様説」を唱えていらっしゃって、でもやっぱり私と同じで確信となる裏付けを探していたそうで、斐川町の話をしたら大江さんも私に負けず興奮!!大江さんと私が『二人説』に辿りついた経緯は違いますが、お互いの考えを言い合って穴埋め作業をしていくうちに「もう間違いない!!」「やっとこの話を真剣に話し合える人を見つけた!!」と、周りに他の人がたくさんいるのもそっちのけで、2人だけで 大盛り上がり大会でした。そして、三つの井戸で産湯をつかったから御井神ではなく、やはり御井神がその井戸を掘ったと考えるのが自然だし、その後の御井神と木俣神の活躍の場と信仰の広がりを古事記以外の各地の風土記で読み解けば、また一つ裏付けになるような神話・伝承が浮かんでくる!!そんな話を時間を忘れて2人で力説していました。

御井神をお祀りする神社の分布を調べると、斐川町の御井神社以外はほとんどが因幡より東で、但馬(兵庫県北部)、播磨(兵庫県南部)、丹波(京都府中部・兵庫県北東部・大阪府北東部周辺)、河内(大阪)、山城(京都南部)、越(北陸・東北の一部)、信濃(長野県)、美濃(岐阜県)、尾張(愛知県西部)、三河(愛知県東部)、遠江(静岡県大井川以西)に多く、研究者のなかには御井神は出雲系の神ではなく、天孫系の物部氏一族の起源を越の国として、その氏神だったのではないか、または皇祖神・天孫士族の遠祖ではないかというような説もあります。

御井神社 兵庫県養父市大屋町
御井神社 兵庫県豊岡市日高町
耳井神社 兵庫県豊岡市
美登内神社 兵庫県氷上郡春日町
井ノ大神社 兵庫県加古川市八幡町
五百井神社 滋賀県栗東市
大井神社 京都府亀岡市大井町
駒形大重神社 奈良県御所市
御井神社 奈良県宇陀市
御井神社 岐阜県各務原市
御井神社 岐阜県養老郡養老町金屋
気多若宮神社 岐阜県飛騨市
津田神社 三重県気多町
高座結御子神社 境内 御井社 愛知県名古屋市熱田区高蔵町
須倍神社 外宮 静岡県浜松市北区都田町
神目神社 石川県鳳珠郡能登町
石井神社 新潟県三島郡出雲崎町
子檀嶺神社里社・中社・奥社 長野県小県郡青木村

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(御井神をお祀りする主な神社)

確かに、樹木と井戸は二つでセットのような考え方は通説です。だから、聖井のそばには必ず聖樹が生えていて、御井神と木俣神は同一神の考え方もおかしくはないんですが、どちらが先だったのか、つまり【樹木と井戸はセットだから御井神と木俣神は同一神説】が出来たのか、【御井神と木俣神が同一神だから樹木と井戸をセットにした】のか。これは鶏と卵くらい難しい問題です(笑)結局は解らないというのが本当でしょう。この手の疑問や矛盾は記紀の中にたくさんあって、古代に行って見てきた人がいないので、出来る限りの信憑性のある文献や地域の情報などを総動員して、状況を分析しながら推論を立てていくしかないのです。そして、その考え方でみると、各地の御井神の鎮座地には御井郡・三井郡、御井郷・三井郷があり、御井氏・三井氏の発祥地と重なり、御井神と木俣神は別々の働きをしていたことが分かります。

八岐大蛇(やまたのおろち)や大国主命の沼河比売(ぬなかわひめ)への妻問いなどに見られるように、古代の出雲と北陸との地域間交流はあったわけですから、御子神がそちらを拠点に活躍しても不思議なことではないのかもしれませんよね。そして、これも言いかえれば、阿陀加夜奴志多岐喜比売命と同様に父神・大国主命の国造りの手伝いをしたといえるのかもしれません。

以上のようなことから導きだした「かもしれない」の推論を、神話風にまとめてみると……『八上比売は大穴遅神との間の御子・御井神(みいのかみ)を因幡の八上(やかみ)の郷で挙げられ、大国主命に出雲に呼び寄せられて、大国主命の庇護のもと結びの郷で木俣神(このまたのかみ)を挙げられた。しばらくは出雲の地で過ごしたが、木俣神(木俣神が何の象徴だったのかは今後の課題)を国造りの手伝いをさせるため父神のもとに残し、御井神を伴い因幡に帰った。その後、御井神は水利の神として因幡より東で活躍し民衆を助け、八上比売は一族を束ね因幡の地を統治した。』と、このような御子神神話となりました。

いろいろと話してきましたが、駆け出し郷土史研究家の「想像力を逞しくした推論」なので、どうか大目に見てください。

御子神についても八上比売についてもは、まだまだ調査途中ですので、これからも謎を追って調査していこうと思っています。 また、いずれ機会がありましたら、報告させて頂きたいと思っています。

最後に、今回のシンポジウムで印象的に心に残ったのは、藤岡大拙(ふじおか だいせつ)先生がおっしゃっていた、「…しかし、古事記にたった一行の記述があっただけの木俣神(御井神)が民衆に求められて神話が生まれ、信仰が生まれ、神社が出来、温泉街が出来、たった一行からこんなにもたくさんの地域性が出来た。これこそが本当に民間パワーだ。だから、あんまり細かいことをほじくり返さずに、神話のちょっとした矛盾も大めに見て、広い心で受け入れてください。(笑顔)」心優しく おおらかな藤岡先生のこの一言に納得!!

最後まで読んでいただいてて、ありがとうございました。

それではまた お会いしましょう~(*^▽^*)ノシシ (おっちー)